Practicability;それは組織に馴染むだろうか
フリーランスになり3年が経ちました。おかげさまでクライアントさんにも恵まれ、ここまで自ら営業することなく 常にいい量のお仕事をいただいています。
この間、私自身の中でも幾度もの自問自答や、我が家を行き交ってくれる多くの友人知人らとの会話からヒントをもらい、自分の仕事のあり方・スタンスを見直してきました。クライアントごとの業種や業態は異なるとして、自身の在り方を定期的に俯瞰すること;いつからか、それを意識的におこなうようになっています。
私が仕事において事あるごとに照らし合わせている視点に、Practicabilityというものがあります。先に、意味合いとして;
——————–
原型の Practical【形】
〔理論ではなく〕実際の、実務の
〔行為・問題などが〕実際面に関わる(解説的語義)、実際の,実際的な,実践上の,実用上の(⇔theoretical)
〔人が〕実務経験がある、問題解決能力の高い
〔仕事などが〕実務に携わる、現場で行う
〔知識などが〕実用になる、実用的な、実際に役立つ
〔物が〕日常の、普段用の、飾りのない
〈話〉実質的な、実際上の
Practicabilityとは、実行できること、実行可能性、実用性、実現可能性。
the quality of being able to be done or put into action
the quality of being able to be done, or of being likely to be successful
Synonymとしては、feasibility
例えばフレーズになると、以下のように使用されるとのこと。
economical practicability 経済的実用性
technical practicability 技術的な実行可能性
idea with little practicability 実用性の乏しい考え[提案・アイデア]
いつしかこの言葉は私自身にしっくり馴染むようになりました。端的に言うと、組織・経営状況が安定して基礎能力の高い人が集いやすい中-大企業では功を奏する判断であっても、ここの社風やメンバーの気質ではどうだろうかという視点です。人数が少ない場合には更に、個々人の能力が最大限に活かされるよう環境を整備する方が、理想を掲げてそこに突き進むために人を育てるよりもPracticabilityが高い場合もあります。目指したい方向性を掲げることが好転する場面と、机上の空論ではないか/理想論ではないかといった混乱や反発を生むこともあり、そこには繊細な差があると感じるに至りました。
また、自分自身が外部スタッフであり、自身として時間を限り、その中で実利益が上がるよう組織と活動へ働きかける。そうすると、必然的にアンテナを適宜精査し、省み、つまり様々なことをそぎ落としていくことになると気が付きます。
何らかの議題を検討する際、また、なんらかの対策を講じる場面に直面した時に、私はこの単語を定期的に脳裏に浮かべ、いったりきたり考えることを意識しています。フリーランスという立場にあっては尚のこと、状況を見誤り判断を誤ると単なる独りよがりになるか要らぬ反発や混乱の元にもなると感じるようになりました。その判断が組織に馴染むのか、というのは言い換えると、その判断を実行できる組織の雰囲気やスタッフの潜在的スキルがあるだろうかということでもあると感じるためです。対極的にみれば、力技でねじ伏せることや、多少の反発は承知でグイッと方向転換することも考えられますが、それは組織の不安定さや不満を増長すること、そして所属する喜びも幸福度を下げることになります。また、そのように推進して2か月後はよくても6か月後はどうか。それを企業文化として根付かせることまで自分にできるのか。
社員の方々もいる中で経営者の近くで仕事をするというのは、どういうことか;このことをよく考えるようになりました。結果的にそういう状況に身を置くことが多いことを踏まえ、正論で経営者に向かうことはだいぶ減少し、組織に属する人の様子や様々な状況を鑑み 自身として場面場面で臨機応変に感じ考え、スタンスを明確にしてメッセージを発するよう心がけるようになりました。
その際、子育てからヒントを得ているなと強く感じられる場面が幾度となくあります。想定外や理解できない行動をとる相手への無条件の愛情が、「こんな感情もあるのか」「こんなこともあるのか」「求めすぎていないか」「変化は起き始めているのではないか」といった今までとは異なる思考へといざなってくれているように感じるのです。
もちろん実際には、私自身が判断し、トップに直接提案することもあります。その際には、
1)チームが中途半端な方向を向いてしまうのではないか
2)民主的と見えるそのステップは、本当に組織に有益か
という視点から考えるようにしています。
民主的に出た結果が常にリーダーの意思決定より優れているわけではないことや、メンバーに納得してもらいたいと思うあまり民主的になろうとして議論が増えるため チーム内でのコミュニケーションコストが膨大になるという。これは、仕事のスピードを落とすことに繋がり、業務量や時間的拘束を増やします。
組織に属して自分自身も100%で向き合い、成長や活躍を見守ってもらい 期待・応援してもらっている正社員として働いている状況とは根底から違う。だからこその視点がある。1つの組織に多様な背景・雇用形態・専門性をもつ人が集うということの意味合いを痛感しています。いつしかそう思うようになりました。