今だから思うこと、商標や海外PL保険
これまでこのテーマについて積極的に発信しようと思ったことはありませんでした。世の中には知見を深めたスペシャリストがいるため、私に言えることはないだろうと。しかし、昨年引き受けた1つの案件を通じ、考えを改めました。そのこと含め、商標や海外PL保険について私の考えを書き記すこととします。ものづくり中小企業(ネジ等の部品もそうですが、それ以上に消費財メーカー)の経営者の方には、特にご一読いただきたい内容です。
昨年、都内の老舗硝子メーカーさんのお手伝いをしていました。ざっと見るに、工場に職人さんが20名ほど、 梱包発送作業等に5名前後、事務職は2~3名でしょうか。優良企業と思う会社さんです。依頼内容は、英文覚書書類の内容確認。 よくある、複写式の契約書の裏面の内容です。 英語で細かい文字がびっしり並んだA4で2枚分にもなる覚書の内容を読み、訳し、納品する際に自分なりの意見を添えました。
余談ですが、本来、会社としてサインしても問題ないかどうかを確認するということは、然るべき資格や経験のある人に依頼するのが理想だと私も思います。しかし、中小企業という会社規模からして、予想される取引額と比して今ここに数十万円を払うほどではない。しかし相手にサインを求められている。そういう状況において、ベストではないがよりベターな選択という観点から私にいただいた相談であると理解しています。今回のケースにおいて、私自身が責任の取れる立場ではないため、
・各文章をできるだけ忠実に訳す
・可能性があれば口頭でリスクや考えられる場合を補足する
・日本語を整えるステップは省き、迅速に対応する
10項目ほど和訳したところで進め方の確認をし、中ほどで一度電話でお話ししました。議題は、商標の確認と、海外PL保険についてです。
契約書や覚書書類なるものを久しぶりに熟読しましたが、これは作成した側の会社のスタンスが如実に表れるものだと再認識しました。相手から提示される書類は大概の場合、相手に利があるようにできている。当然のことと頭では分かっていたものの、いざその各文章に向き合ってみると驚くほどそうでした。何も問題がない時には単なる紙きれではあっても、いざ何か困ったことがあると大きな盾となる。小さな文字でびっしりとうめつくされる紙面の中に、「いついかなる時も私たちを訴えない」などと上品な言い回しでさらりと盛り込まれる文書。やはり、読まず(理解せず)してサインするというのは大きなリスクです。外国の会社とやりとりをする場合、複写式のオーダー用紙を頻繁に目にします。展示会場であれ事務所での打ち合わせであれ、複写式の場合にはその場でサインせずに 後日データもしくは原本で送ってもらうことをお勧めします。
さて、話を戻します。商標については、JETROさんや中小機構さんのセミナー等で、私自身、かつて何度か耳にしたことがあるので ここでは そう掘り下げることはしません。有田焼の産地のように、先に外国で商標をとられてしまったために思うような訴求ができないという困ったケースというのは、実は他でも耳にします。マイナスから始める海外対応は本当に大変だと思います。一度確認されることをお勧めします。
そして、本題の海外PL保険について。PLとはご存知の通り、 製品の欠陥によりその消費者となる第三者が体の障害または財物の損壊を被った場合、その製品の製造・販売に関与した事業者が被害者に対して法律上の損害賠償責任を負う。 Product Liability=製造物責任です。海外取引の注文額がそう多くない中で、ここにリスクヘッジのためとはいえお金をかけるのか。素材も素材であれば尚更「まだ今は輸出量も少ないからいいだろう」という判断になることは容易に想像ができ 理解もできます。
しかし、実は輸出量が少ない少ないと思っていても、実際には想像していた以上にすでに国外に商品がわたっているケースもあります。 国内の取引先に納めた商品の一部が実は輸出されていた、少量でのサンプル販売を繰り返していた、さらには外国人が日本を訪れた際に購入し持ち帰っていた、という場合。 この最後のケースは、もはや追いきれるものではありません。個人が旅の途中で購入し持ち帰ったものでさえも外国から製造元として訴えられる可能性があるというのは、恥ずかしながら私の知識にも概念にもない内容でした。 膨らませると、日本のお土産として日本人が購入し外国に運ばれるものもあります。
冷静に考えてみると至極当然のことであり、しかしロジックとしては理解できるものの 全世界に羽ばたいてくすべての商品に製造責任がつきまとうというのは 一社員からすると やや及び腰になりそうな状況です。当時の私は、欧州では水質の違いから 日本とは異なる問い合わせや交換を余儀なくされるケースがあり、ロシアでは 冷凍庫保管をしていないにも関わらず 類似の状態に商品が置かれる可能性もあるのだと知り、 取扱説明書の文言検討に追われていました。食洗器もメーカーや洗剤の違いで洗いの原理が異なったり、プロ向けであればレストラン設備の違い等で HR業界への訴求にも一概に言えない不安要素を感じたりと、次から次に課題とにらめっこ。どのような状態で使用や管理がされているのかもまだまだ把握しきれていない中で ここまで思いを馳せることはできませんでした。
私が自分でも色々と調べるきっかけとなったこの話は、先輩経営者からのアドバイスによるものでした。アメリカでコンテナごと紛失した経験がある方で、私が想像できないほどの困難な状況をくぐりぬけてきた人です。例えばアメリカで訴えられる場合、その事案において販売元と製造元にそれぞれどの程度責任があるかが整理されるという。アメリカ現地の販売店はその規模問わず保険に入っており、当然日本のメーカーも海外PL保険に入っているものと思っている。訴えられた際に、販売店側も製造元である日本のメーカーが海外PL保険に入っていなくて驚いたというケースも聞きました。日本においても、百貨店や多店舗展開されている小売店、それ相応の規模の販売店であれば海外PL保険に入っていると推測されます。今回は、「ガラスという素材であれば、尚更、具体的に検討するいい機会かもしれないですね」という示唆をいただきました。
そんなことは、そうそう起こらないではないだろうと思う一方、文化が違えば価値観も行動も違う。トラブルも想定外です。日本では考えられない使い方をする場合もあれば、使命感と善意で本気で法的に訴えてくることも考えられます。手間も時間も労力もかかるから生死にかかわる事案でなければ穏便に解決しようと思いがちな日本人に対し、相手は専門家が一括で対応し法的な手段をとった手数料含め訴えればマイナスはないという考え方かもしれません。
私たちからすると言いがかりと感じるケースや、個人の責任ではないかと思う場合であっても、被害者(訴える側)が訴えるという行動に出る以上は対応しなければなりません。損害賠償金はもちろん、そういった訴訟費用や対応にかかった費用等が 海外PL保険で補償されます。
これだけ人が行き交う時代、思いもよらぬ何かに遭遇する不運に見舞われる可能性が 2、30年前よりも明らかに高いという事実は認識すべきと思い 今回ここにまとめることとしました。これまで起こらなかっただけでいつだって起こる可能性があるという、そういう類のことと感じます。 ネットで検索すると色々と情報が出てきますし、お付き合いのある保険会社さんに一度ご質問されてみる、また実際に加入している方のお話を聞くこともよいと思います。不安を煽りたいわけではありませんが、事業規模の大小を問わず ものづくり中小企業や個人の方々には、海外PL保険に加入されていないのであれば、入っていないことを入っていない状態として認識していただきたい。そう感じています。
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